こんにちは
てぃ~ちゃ~Mです
今回は#70【中学校社会科 歴史】「日清戦争」を紹介します
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もくじ
ノート用まとめ
事大党VS独立党
(清の側)(日本側)
1884年~甲申事変・・・独立党のクーデターを清軍が鎮圧
1885年~天津条約・・・日本も清も派兵の時は連絡する約束
1894年~甲午農民戦争・・・東学党と農民らの反乱→清・日本が朝鮮に出兵
日本が清に宣戦布告
1894年~1895年 日本VS清・・・日本が近代兵器や海戦での優位性で勝利
1895年~下関条約・・・日清講和条約
・清は朝鮮の独立を認めること
・遼東半島と台湾などを日本へゆずる
・賠償金と還付金
・最恵国待遇を日本に認める
⇒三国干渉(ロシア、ドイツ、フランス)による干渉。→遼東半島は返還
勉強復習、予習、テスト勉強などの参考にどうぞ(^_^)
▼歴史記事▼
本記事の内容:日本と清が戦争をする理由がわかる
朝鮮国内の対立
朝鮮国内では日本でいう鎖国状態のままでいこうと考えるグループと、朝鮮も海外の文化や技術を取り入れることで近代化していこうとする開国派に分かれていました
今までの鎖国状態のグループが事大党
開国を考えているのが独立党です
それぞれ、事大党は清を親分として考えているし、清も朝鮮を属国として考えていました。
開国派は日本を見習い、近代化を進めていこうと考えている人もおり、福沢諭吉などとも親交がありました
ですが、事大党の政権を変えようという動きが出てきました
独立党がクーデター(武力によって政権を取る)がおきます
これが、1884年の甲申事変(こうしんじへん)です。
この独立党のクーデター・甲申事変は清軍によって鎮圧されるのですが、清や日本が関わっていることもあり、日本と清とが約束を交わすことになります
1885年~天津条約にて、日本も清も派兵の時は連絡するという条約を結びます
ですが、日朝修好条規や開国政策で、外国の製品が入ってくることや重税で朝鮮の民衆は暮らしが苦しくなっていました
そんな中、キリスト教(西学)に対して、東学(呪文を唱え人間の尊厳と平等を説く教義で儒教とも違う教え)を広める東学党が拡大していきます
この東学党や農民が中心になり、外国勢力を追い出す反乱がおこります
これが1894年におこった甲午農民戦争です
いかに流れを簡単に説明すると
朝鮮政府は、東学党を抑えるため朝鮮政府は宗主国の清に軍隊をお願いする
清が派兵するなら日本も派兵する
朝鮮政府と東学党は和解
日本は朝鮮の内政が混乱しているとしてとどまる
清は日本も清も一緒に撤退を要求
日本は拒否(絶交書を送る)
日本軍がソウルを制圧
清に宣戦布告
というながれです
日本と清の戦争
日清戦争
1894年~1895年 日本VS清
・・・日本が近代兵器や海戦での優位性で勝利
丁字戦法という言葉をご存じでしょうか?
後の日本とロシアの戦争で東郷平八郎がとった船での戦い方です
そのもとになっているのが日清戦争での海戦です
もともと清国の船の戦い方は衝突型(衝角戦法)といって船を突進させてぶつかる戦いかたです
ですが日本の海軍は側砲を備えています
日本の船の横に突っ込んでくる清の船は日本にとっては的だったわけです
しかも、日本の船のほうが早いので衝突する前に逃げることができます
このように、円を描くように相手の前方に回り込んで、何台も列をなした船が連続で敵を狙い撃つような戦い方へとなっていくのです
日本は富国強兵を掲げて日本づくりに取り組んでいたことや国が進んで戦争に向かっていったという背景や、ロシアに対しての意識もあります
下関条約
1895年に結ばれた日本と清の日清戦争における講和条約
日本の代表者は伊藤博文。清の代表者は李鴻章(りこうしょう)
内容は
- 清は朝鮮の独立を認めること
- 遼東半島(リャオトン)と台湾などを日本へゆずる
- 賠償金と還付金(遼東半島を返すので代わりに還付金)
- 最恵国待遇を日本に認める
というもの
日本が大陸侵略への足掛かりになっているということ
欧米列強への見せつけになっていること
アジアでの日本の立場への影響などがありますが
それを良しとしない国がありました
ロシアです
ロシアはヨーロッパの国を誘って中国への侵略の手を伸ばします
それが
三国干渉
ロシア、ドイツ、フランスによる干渉です。
かんたんに言うと下関条約に文句を言ってきたという事
でも、ヨーロッパの国々が文句を言ってくるとなると、日本も簡単には言い返せない
アジアでのヨーロッパ勢の強さを知っているからだ
しかたなく日本は、要求を受け入れ遼東半島は返還することになる
ですが、ロシアは、日本が返した遼東半島に軍事施設をつくります
こういったことが、次に続くロシアへの対抗心になりロシアとの戦争を迎えるわけです
まとめ
近代化していく日本と、世界情勢が戦争という形で結びついた出来事です。その後の日本の世界での立ち位置を決めていくきっかけにもなっていることからターニングポイントでもあります。
問題
頻出問題①
以下文章の□には国(王朝含む)名がはいります。漢字で答えなさい
重税に苦しむ朝鮮民衆が宗教結社の東学党の下にあつまり農民反乱がおこった。自力での鎮圧が不可能な事を悟った李氏朝鮮政府は、宗主国である□に軍隊を派遣するようを求めた。
答えhttp://teacherceo-masajirusi.com/2020/02/15/post-2006/
頻出問題②
日清戦争で大日本帝国が清国に勝利したことにより、講和会議を経て、1895年に調印された下関条約があるが、この下関条約で日本側全権に当てはまる人物はだれか。以下から選んで答えなさい。
【 伊藤博文 福沢諭吉 李鴻章 】
答えhttp://teacherceo-masajirusi.com/2020/02/15/post-2009/
頻出問題③
日本と清の間で結ばれた下関条約に基づき日本に割譲された遼東半島を清に返還することを求める内容だった、 フランス、ドイツ帝国、ロシア帝国の勧告を何というか答えなさい。
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