#50【中学校社会科 歴史ノート】江戸時代 初期の外交と貿易統制

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てぃ~ちゃ~Mです

今回は#50【中学校社会科 歴史】初期の外交と貿易統制を紹介します

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#50【中学社会科 歴史】 江戸時代 初期の外交と4つの窓口 【てぃ~ちゃ~Mの授業】

まとめ(ノート用)コピペどーぞ(^_^)

  1. 徳川家康の外交

親善と交易の利益を求める

・朝鮮~国交回復(宗氏の貢献)

・明~国交は回復できず(交易はOK)1644年に明→清へ

朱印船貿易・・・幕府が朱印状を与え朱印船で貿易

  西日本の大名や商人が中国や東南アジアで交易

  生糸を輸入し銀を輸出。東南アジアに日本町が形成される

ヨーロッパとの貿易

  1. 鎖国まで

混乱する国際情勢・・・明から清へ。密貿易。海賊。ヨーロッパの進出

生活への影響・・・絹織物の普及。砂糖や装飾品

禁教・・・幕府内へのキリスト教の影響。宣教師の国外追放。1637年の島原天草一揆。絵踏。寺請け制度

出島・・・オランダ人居留区を長崎の人工島(出島)へ移す。オランダ風説書

  1. 貿易
  1. 長崎(対オランダ、清)

輸出(銀、銅など)輸入(生糸、絹織物など)

中国商人~唐人屋敷

オランダ人~出島。オランダ風説書

  1. 対馬(対朝鮮)

輸出(銀、銅など)輸入(生糸、木綿、朝鮮ニンジンなど)

プサンに倭館

朝鮮通信使

  1. 薩摩(対琉球)

薩摩藩による琉球支配(1609年)

琉球からの慶賀使、謝恩使

琉球と中国とは朝貢貿易

琉球から薩摩へ黒砂糖や年貢米を送る

  1. 松前藩(対蝦夷地)

アイヌとの交易→支配

1669年シャクシャインの乱・・・アイヌに不利益な交易だったが松前藩が鎮圧

勉強復習、予習、テスト勉強などの参考にどうぞ(^_^)

▼歴史記事▼

本記事の内容: 近世の日本の国際秩序を知る

入試でもよく出る江戸時代

時代の概要と人物と政策と文化と順番を理解していればテストも怖くありません

「鎖国」という言葉は聞いたことがあるでしょうか?

江戸時代の日本の様子ですが、言葉だけだと海外との関係を断った日本のようなイメージを持ちます

ですが、海外との関係を持たなかったわけではなく

特定の国との関係だけにした

といったほうが正しいです

概略図を載せると

この略地図から関係をみていきます

徳川家康の外交

朝鮮

豊臣秀吉による朝鮮出兵で、日本と朝鮮の国交は途絶えていた

朝鮮との国交が途絶えることで困る地域が出てきた

それが「対馬藩」である

現在の長崎にある対馬は、昔は対馬藩として対馬周辺の地域を治めていました

対馬藩は朝鮮との交易により収入としていた

対馬は島なので、あまり米作りが盛んではありませんでした

だから収入がなく困っていたのが対馬藩

幕府も藩が勝手に貿易を行い力をつけられては困るのでいち早く国交正常化をする必要があった

「宗氏」が幕府と朝鮮との間で仲を取り持ち国交の正常化に貢献した

朱印船貿易

幕府が朱印状を与える

西日本の大名や商人に幕府が朱印状を与え、それらの船は朱印船と呼ばれる

生糸を輸入、銀で支払い

中国や東南アジアと行われた

東南アジアの各地には日本人が住む、日本町が作られていく

ヨーロッパ人との貿易

貿易相手国はポルトガル、スペイン、オランダ、イギリス

これらの国はカトリックとプロテスタントに分けられる

ポルトガルとスペインはカトリックが多く

オランダとイギリスはプロテスタントが多い

ポルトガルは日本との国交が回復していない中国と日本の間に入って貿易で儲ける

満州人(中国の東北地方)によって建国された中国王朝

1644年に明を滅ぼし中国を統一

台湾、モンゴル、チベットを征服し、朝鮮や琉球、タイなどを勢力下に置く

日本とは国交は回復していないが交易は行っている

概要

明から清へと移り変わる中国で、海外の勢力が日本周辺にやってきている

オランダ、イギリス対ポルトガル、スペイン

中国の日本への密貿易の増加、海賊の増加、海外の情勢が貿易の統制に向かわせる

貿易を続けた理由は、民衆の生活への影響がある。絹織物は支配階級から庶民まで幅広く利用されていたので生糸の輸入は必要。象牙やべっこうなどの装飾品や、砂糖なども利用されるようになり貿易がやめられない状態になっていた

4つの窓口

対馬藩

プサンに倭館を設けて貿易が行われた

輸入品目は朝鮮ニンジンや木綿や生糸

輸出品目は銀や銅

朝鮮からは学問や文化の交流が行われるようになった

朝鮮からの使者は室町時代から続いていたが主に江戸時代の使者を「朝鮮通信使」とよぶ。

現在でも唐子踊りや唐子人形などがみられる地域もある

長崎

ヨーロッパの商船とともにやってくるのがキリスト教

このキリスト教の取り締まりも行っていく

幕府の領地でキリシタン大名によるわいろ問題が起こった。幕府への権威侵害だとキリスト教の追放に動いていく。

キリスト教の禁止(禁教)と宣教師の国外追放

1637年には重い年貢とキリスト教の弾圧により一揆が起こる。それが

島原天草一揆

天草四郎と呼ばれる青年と農民らの大規模な一揆で幕府軍が鎮圧した

その後、禁教の徹底を図るために、絵踏と呼ばれる取り締まりが行われる。踏絵を踏ませてキリシタンを見つけ出し、寺請け制度で宗門改めにより仏教徒であるとしていった

1624年にはスペイン船の来航は禁止になっていたが

1639年にはオランダ船が来航禁止になりキリスト教の国内への広まりは収まっていく

オランダやイギリスは貿易を続けていたが、これらの国はプロテスタントが多いので布教活動というよりは貿易がメインであった。イギリスはオランダとの価格競争に負けて撤退していく。

1641年にオランダ人を長崎の平戸から長崎の出島に移し、中国商人との取引も唐人屋敷を設けておこなわれるようになり長崎貿易は幕府によって統制されていく

貿易品目

輸入・・・生糸、絹織物、砂糖など

輸出・・・銀、銅、海産物

オランダは海外情勢のレポート提出を義務付けられていたそれが「オランダ風説書」である

薩摩藩

薩摩藩が支配したのが琉球

1609年、薩摩藩が琉球を侵略し、年貢米の取り立てを行うようになる。

薩摩藩は琉球の中国との貿易(朝貢)することを認めるが、それは琉球を通じて貿易の利益を得ることが目的にある

でも、幕府の権威を意識させるために琉球から幕府へ使いが送られる。将軍の代替わりには慶賀使が、琉球王の代替わりには謝恩使が送られるようになる

琉球と中国貿易

琉球から中国へ・・・馬、硫黄、海産物

中国から琉球へ・・・絹、薬、茶、陶磁器

琉球から薩摩藩へ・・・黒糖、ウコン、年貢米など

松前藩

松前藩が支配したのが蝦夷地。現在の北海道です

アイヌと和人の交易

アイヌから和人・・・サケ、ニシン、昆布など

和人からアイヌ・・・米、鉄、木綿

松前藩の支配が強まったのが1669年のシャクシャインの戦い。

アイヌに対し不利益な交易をおこなうようになっていく

例えば米とサケ(鮭)の干したものを交換する際、昔は1匹分で10kgの米と交換できたが、100匹分で10kgの米との交換になっていくという具合だ

だけど、松前藩によって鎮圧されそれ以降支配が強まっていきました

そもそもアイヌは様々な地域と交易をしていましたその統制を行っていたのが松前藩になります

松前藩は北海道の南西部(しっぽの位置)に位置します。

北海道は昔は米作りができませんでしたから、交易による利益がメインでした。その交易を支配していったわけです

問題

頻出問題①

江戸時代初期に幕府と朝鮮との国交回復に貢献した人物を以下から選んで答えなさい

【 尚氏  宗氏  魏志 】

答えhttp://teacherceo-masajirusi.com/2020/01/17/post-1413/

頻出問題②

1644年に明を滅ぼし中国を統一。満州人によって建国された中国王朝で台湾、モンゴル、チベットを征服し、朝鮮や琉球、タイなどを勢力下に置いた王朝名を以下から選んで答えなさい

【 秦  晋  信  清 】

答えhttp://teacherceo-masajirusi.com/2020/01/17/post-1416/

頻出問題③

貿易統制下にあった日本でも海外の情報は入ってきていた。オランダは海外情勢のレポート提出を義務付けられていたそれを何というか答えなさい。

答えhttp://teacherceo-masajirusi.com/2020/01/17/post-1420/

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