明日から使いたい授業の小話4【中国の文明】

雑記

こんにちは

てぃーちゃーMです

【テーマ】:中国文明の小話

まずは授業に必要なキーワードです

中国文明(概要)  

黄河(北側、寒いのであわやきび)、長江(南側、温かいので稲作)

殷→周→春秋戦国→秦

甲骨文字(漢字のもと、神聖政治で使用)、青銅器、鉄製農具、孔子のおしえ、儒教

秦の始皇帝が中国統一(紀元前221年~紀元前206年 )  

郡県制の採用、万里の長城、兵馬俑、貨幣、文字などの統一、青銅器文化の終了

漢 ( 紀元前202年~(紀元後)3世紀ごろ )

劉邦により成立、シルクロード、絹、仏教、紙の使用(漢字、儒教)、歴史書(司馬遷(しばせん)の史記)

基本的な説明ですが、黄河は黄色く見えるから黄河で、本来は河の一文字で黄河を意味する言葉です

長江は、揚子江(ようすこう)で知られていますが、元は西洋人が揚子橋という橋の名前を間違って川に使っていたのでそれが広まったもの。江の一文字で長江を意味する言葉です

参考:▲てぃーちゃーMの社会科 歴史 中国文明▲

酒池肉林という言葉をご存じでしょうか?

殷の最後の王様、一般的には紂王(ちゅうおう)とよばれる王様、帝辛(ていしん)は、周の武王に滅ぼされることになるのだが、ある女性を何とか自分と結婚させたくて贅沢な宴(宴会)を繰り広げたことから、贅沢三昧をすることを酒池肉林と言います

司馬遷の歴史書「史記」に記されています。本当に酒で池を作り、肉を木にさして毎晩宴会をしたようです

ですが、そういった贅沢三昧や厳しい政治で殷の時代は終わってしまいます

周の時代ではないが、殷の時代に周の地域を治めていた王様がいました、周文王と言います

この人物は殷の紂王に最後まで従ったという事、文王の死後息子によって殷王朝を倒す革命がおこった。このことでどんな暴君であったとしても最後まで仕えた文王は忠義の人として尊敬されている

どのような人に尊敬されているのか?というと儒教の人たち

殷の時代にはなるが、この時できたといわれるのが易経(えききょう)の基本

易経とは、最近はあまり見ることはないが棒をつかった占いです。ここで使われる棒のことを筮竹(ぜいちく)と言い、筮竹はノコギリソウという植物の茎です

それまでは動物の甲羅を使った占いがありました。甲骨文字ですね

動物の甲羅を使った占いを基本として成立した易経ですが、植物を扱う分野として殷の時代に発展していきます

その流れはどこへ向かうのかというと、平安時代の鬼退治をしていた人たちをご存じでしょうか?(映画の話ですが)そうです陰陽師です。

陰陽師が行う占い「陰陽道」は良い方角や良い行動をすることで運気をあげたりする現代で言う「風水」だと考えてくれたらいいです。ラッキーカラーとかラッキーアイテムとかです。

周の時代にできたわけではないですが、周の文王が易経の基本である「卦辞(かじ)」という解説書を作成したというのが周の関りのある出来事です

春秋戦国

この頃は乱世です

要するにあっちこっちで戦いが繰り広げられていました

戦いは命の奪い合い、そのころは、裏切りや非道な行為が当たり前のように行われていたわけですね

ですが、いつの世の中もそういった乱世の時代に聖人は出てくるものです

キリストもそうですが、ここ中国においては魯(ロ)出身の「孔子」ですね

あなたも学校で学んだでしょう「道徳」を

道徳は元をたどれば儒教です

儒教は基本の考えがあります

信、義、礼、智、仁

言葉の意味としては

  • 仁とは人への思いやり
  • 義とは正義の義
  • 礼とは決まりや上下関係
  • 智とは知識
  • 信とは約束を守ること

これを五常といいますが、こんなことは現代の世の中では当たり前の守ることです

ですが、あえて言わないといけなかったという事は、逆に時代を考えることができます。この五常が守られず荒れていたのでしょう

秦の始皇帝はご存じでしょう

万里の長城や兵馬俑など世界的にも有名な遺産ががあります

ですが、ご存じでしょうか?

人をけなす言葉

「バカ」の語源を

バカとは馬鹿と書きます

これは、秦の始皇帝の死後、息子が皇帝になります

息子(胡亥)が皇帝になっても力を持っていたのは大臣(趙高)でした

その大臣が仕掛けます

2代目の皇帝の前にシカを連れてきて「馬です」と言いました

胡亥は言います「イヤ、シカやん」

趙高は言います「イエ、二代目皇帝よ、馬です」

胡亥は言います「どう見たってシカやん」

趙高「いいえ、馬です。では他の部下たちにも聞いてみましょう。皆の者、この生き物は馬じゃな!?」

大臣たち「はい、馬です」

胡亥「・・・(汗)」という事です

それが、馬鹿の語源ですね

他にも、大臣の趙高は色々悪いことをしていたようです

例えば、秦の始皇帝は、自分が中国を統一した偉い人だという事で各地を旅していました

その旅の途中で秦の始皇帝は死んでしまうのですが、その死を隠して自分が権力を握るため、始皇帝が命令を出すふりをして趙高自身が部下に「始皇帝の命令だ」と言って指示していました

そんな旅だったのですが、もちろん死体はそのうち腐敗していきます。臭いがきつくなってきたときに場所の周りに魚を貼り付けだしました。「これも始皇帝の命令だ!」といってです

魚が腐る臭いで、始皇帝の遺体から出る臭いをカモフラージュしたという事です

そんな旅の道中に亡くなった始皇帝ですが、早死にする原因はありました

一説には水銀中毒ともいわれています

水銀をご存じでしょうか?飲んだらダメな毒薬にはなりますが液体状の金属です

当時飲んだらダメだということは誰も知りません。銀色に光る液体のような金属のようなものこれは「不老不死の薬だ」と言って始皇帝は飲んでいたようです

参考:▲てぃーちゃーMの中学社会科 中国の統一▲

秦はほどなくして滅びます

数年後、劉邦(りゅうほう)という人物によって漢ができます

この漢になるまでの間にもいろいろありました

詳しくはこちら(Amazon book→「項羽と劉邦(司馬遼太郎)」)

いくつかピックアップすると、四面楚歌という四字熟語の語源はここにあります

楚(ソ)の国出身の項羽(こうう)という覇王と呼ばれるすごい人がいましたが、最終的には囲まれて、周りから聞こえてくるのが楚の国の歌。「自分の国の歌が、自分を囲んでいる敵から聞こえてくる、ということは楚の国の人々は敵側(劉邦側)についているのだな」

ということで自分の終わりを悟ります

名言が、「天が選ばなかったのではない、時代が自分を選ばなかったのだと」

まさに覇王です

覇王との別れを演じる劇があります。「覇王別姫」です

中国で演じられる人気演目です

中国の映画でカンヌ映画祭でパルムドール賞を受賞している作品です

さらば、わが愛 覇王別姫 [Blu-ray]

その覇王である項羽と最後の別れをしたお姫様が「虞美人」中国の4大美人に数えられる時がありますが、その虞姫とのわかれが覇王別姫です

その項羽と劉邦が覇権を争ったなかで出てくるのが「国士無双」の韓信です

背水の陣という言葉をご存じでしょう

ベルセルクというアニメ映画(マンガ)でも、グリフィスがドルドレイ攻略で敷いた陣形です。川を背にして下がれば川、前方は強敵、「生き残らなければ死ぬぞ!戦え!生き残れば勝ちだ!!」です

(個人的に大好きなアニメです。何度も見返し、見返すたびに胸が熱くも、モヤモヤも沸き起こる心揺さぶる作品です。登場人物の名言はここ→▲グリフィスの名言 「夢とは」▲

この背水の陣は韓信の戦術です

そんな韓信は、国に2人といない天才だ!と言われ、それが「国士無双」の意味です

そういった様々な語源になっている秦から漢の時代の出来事

オモシロいです

まとめ

今回は中国文明

殷の酒池肉林、易経と陰陽道、孔子の五常が道徳と、秦の始皇帝と漢ができるまでの争い「項羽と劉邦」

参考になれば幸いです

私も少しでも学生の勉強の足しになればと

授業の記事・動画をまとめていますので参考にしてください

▶【てぃーちゃーMの社会科】授業ブログ「やさしい社会科授業」

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